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東京地方裁判所 昭和47年(行ウ)7号 判決 1974年6月28日

原告 丸山晃 外一名

被告 東京大学総長

訴訟代理人 玉田勝也 外一〇名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

〔請求の趣旨〕

一  被告が昭和四六年一〇月二日原告丸山に対してなした休職処分及び同年一一月一〇日原告山根に対してなした休職処分をいずれも取り消す。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

〔請求の趣旨に対する答弁〕

主文と同旨

第二当事者の主張

〔原告ら〕

一  本件各休職処分の存在

原告丸山は、文部技官として東京大学応用微生物研究所(以下「応微研」という。)に勤務する一般職の国家公務員であり、原告山根は、技術補佐員として同研究所に勤務する一般職の国家公務員である。

原告らは、昭和四六年八月一〇日、傷害罪の嫌疑により、東京地方裁判所に起訴された。

その公訴事実は、次のとおり。

「原告らは、ほか数名とともに、昭和四六年五月二五日午後六時ころから午後八時二〇分ころまでの間、東京都文京区弥生一丁目一番一号所在東京大学応用微生物研究所三階会議室において、同研究所所長丸尾文治、同研究所教授奥田重信ほか四名に対し、同研究所の研究生として根守克己を入所させるよう要求した際、

1 原告丸山は、ほか一名と共謀のうえ、同日午後七時ころ、奥田教授の根守克己に対する質問が気に食わないと因縁をつけ、同教授に対し、平手で顔面を強打し、股間を蹴りあげるなどの暴行を加え、よつて、奥田教授に対し、全治約一〇日間を要すする鼻鞍部打撲擦過傷の傷害を負わせ

2 原告らは、ほか一名と共謀のうえ、同日午後七時一〇分ころから午後八時二〇分ころまでの間、丸尾所長の応答の態度が悪いと因縁をつけ、同所長に対し、こもごも手拳で顔面を殴打し、脇腹を蹴りつけ、ネクタイあるいは髪の毛を掴んで前後に揺さぶり、ネクタイの根元を握つて首を締めるなどの暴行を加え、よつて、丸尾所長に対し、全治約一〇日間を要する左下顎部、両胸部、左下腿、右膝部挫傷の傷害を負わせ

たものである。」

原告らの任命権者である被告は、原告丸山に対しては昭和四六年一〇月二日、原告山根に対しては同年一一月一〇日、右起訴を理由としてそれぞれ国公法七九条二号による休職を命じた。

二  本件各休職処分の取消事由

1 職務の遂行、職場秩序の維持に対する支障及び国民の信頼等への影響

(一) 起訴休職制度の目的は、刑事事件に関し起訴された公務員の地位、職務内容等からして、引き続き当該公務員を職務に従事させることによつて生ずる職務の遂行、職場秩序の維持に対する支障、あるいは職務遂行の公正廉潔性ひいて当該官職の信用性に対する国民の信頼の喪失を防止することにある。

(二) 原告丸山は、応微研第一〇研究部(同部は、細菌・糸状菌等の発育、形態形成に関する研究を行なうとともに、微細藻類の分類に関する研究及び微細藻類株の保存、分譲等を行なつており、本件処分当時、教授・助教授各一名、助手三名、技官三名、臨時職員一名によつて構成されていた。)に所属し、主として微細藻類の研究をしていた。原告丸山の担当する職務は、純粋の研究業務であり、それも同原告が自ら研究課題を設定して企画・遂行する単独研究が専らであつて、同原告は、管理ないし監督的地位にはなかつたし、大学院学生の教育・指導も、同原告の本来の職務ではなく、事実上もこれに携わつていない。

(三) 原告山根は、応微研第八研究部(同部は、主として微生物代謝産物の単離、精製に関する研究を行なつており、本件処分当時、教授・助教授各一名、助手二名、技官四名、技術補佐員四名によつて構成されていた。)に所属し、岩崎成夫助手の下で、同助手の指示と、自己の実験補助員としての専門的・技術的知識及び経験に従つて、主としていもち菌代謝産物の研究に関する実験補助としてその単離、精製の職務に従事していた。第八研究部の主任は、奥田重信教授であるが、原告山根は、同教授から直接又は間接を問わず職務上の指示を受けることはなかつた。なお、原告山根は、大学院学生と実験等の職務を共同して行なつたことはないし、いわんや、その教育・指導に携わつたこともない。

(四) 原告丸山は昭和四六年九月一四日、原告山根は同年一二月八日、それぞれ保釈された。公判期日は、昭和四六年八月一〇日の起訴から昭和四七年一月二〇日までの間に一回開かれただけにすぎない。

(五) 原告らは、本件各処分後も引き続き職務に従事しているが、そのことによつて具体的な支障を生じていない。かえつて、原告らの職場である応微研第八研究部、第一〇研究部所属の全職員は、いずれも原告らの職場復帰を強く求め、その趣旨を記載した要求書を被告や応微研教授らに提出している。更に、応微研職員によつて構成される応微研職員組合は、本件各処分後、幾度となく原告らの職場復帰を支持する旨を組合大会において決議している。被告は、教授らの応微研への入所妨害等について云々するが、これは、応微研における臨時職員(定員外職員)問題をめぐる労使間の紛争を契機として、教授らが実質上昭和四六年一月から応微研の建物内に出入りできなくなつたことを指すものであり、原告らの職場復帰によつて生ずる職場秩序の維持に対する支障とは関係がない。

(六) 公訴事実自体についての評価は、原則として刑事裁判又は懲戒処分(国公法八二条)の際に考慮されるべきことであるが、その点はさておき、本件公訴事実によれば、原告丸山の奥田教授に対する傷害及び原告らの丸尾所長に対する傷害は、いずれも全治約一〇日間であり、被害の程度等からすると、本件事案は著しく軽微である。しかも、右公訴事実は、職務外の事件を内容とするものであつて、もとより破廉恥罪ではない。

(七) 既に述べた原告らの地位、職務内容等に照らすと、本件起訴によつて生ずる原告らの職務遂行に対する支障は皆無である。起訴による公判期日の出頭は、有給休暇の配分や公務員が一般に利用する事故欠勤等によつて解決できるし、公判期日の回数も、その出頭が原告らの国公法上の職務専念義務(国公法一〇一条)に違背をきたすほど、多いわけではない。また、職場秩序の維持に対する支障あるいは職務遂行の公正廉潔性等に対する国民の信頼の喪失の有無は、当該公務員の具体的な地位、職務内容等との関係において論じられるべきであるが、原告らの研究者としての地位、職務内容及び本件公訴事実が学問的能力等となんら関係のない職務外の事件を内容とするものであることからすると、原告らを起訴後引き続き職務に従事させても、職場秩序の維持に対する支障は全くなく、国民の信頼を損う事由も生じ得ない。応微研第八研究部、第一〇研究部所属の全職員のみならず、大多数の応微研職員が原告らの職場復帰を強く求め、これを支持していることは、原告らの職場復帰によつて職場秩序の維持に対する支障が生じないことを示している。

2 原告らが受ける不利益

(一) 原告丸山は、その休職の期間中、俸給、扶養手当及び調整手当のそれぞれ一〇〇分の六〇以内を支給されるにとどまり(国公法八〇条四項、一般職の職員の給与に関する法律〔以下「給与法」という。〕二三条四項)、期末手当及び勤勉手当を支給されない。更に、休職に伴う年間勤務日数の全部又は一部の喪失によつて昇給適格の要件たる勤務成績の証明が当然不可能となり(国公法七二条、給与法八条六項、昭和四四年五月一日人事院規則九―八「初任給、昇格、昇給等の基準」三四条二項)、ひいて昇格の延伸をもたらす(右人事院規則二〇条、前同日給実甲第三二六号「人事院規則九―八〔初任給、昇格、昇給等の基準〕の運用について」第二〇条関係1)。

(二) 原告山根は、国公法に勤務関係上の法的根拠を有しない日々雇用のいわゆる常勤的非常勤職員なので、給与法二三条四項の適用がないものとして取り扱われ、その休職の期間中、全く無給となる。

(三) しかも、原告らは、その休職の期間中も公務員としての身分を保有するので、営利企業から隔離されるとともに、非営利的事業又は事務への関与を厳格に制限されており(国公法一〇三条、一〇四条)、退職の自由が制限されているところ(昭和二七年五月二三日人事院規則八―一二「職員の任免」七三条)、起訴された刑事事件の判決の確定前に被告の承認を得て退職したとしても、限職手当を支給されない(国家公務員等退職手当法一二条一項本文)。

(四) 原告らが本件各処分によつて以上のような著しい不利益(それは、原告山根の場合、特に顕著であつて、同原告は、人たるに値する生活の維持でさえ困難にさせられている。)を受けるということは、処分の違法性を判断するに当たつて十分に考慮されるべきである。

3 裁量権の濫用

(一) 被告は、本件各処分を発令するに当り、原告らの具体的な職務内容を直接に知り得ず、応微研教授会の意見を諮問するほかはなかつた。ところが、応微研教授会は、被告の諮問に対する答申に備え、原告らの職務内容に照らしていかなる具体的支障が生ずるかの検討を全く怠り、応微研において原告らを含めて闘われてきたところの臨時職員の待遇改善、定員内職員化を目指す正当な権利要求闘争(本件起訴事件は、その過程で生じたものである。)を「職場の乱れ」と一方的に評価し、その回復を意図して、応微研から原告らを排除することを計つた。このような意図により、応微研教授会は、原告丸山が自発的に退職することに希望をかけ、近親者又は応微研職員組合役員を介して同原告に対し、いろいろ働きかけている。

(二) 被告又は応微研教授会は、原告山根に対する休職処分を発令するに当り、同原告の「心境の変化」を問題としたり、勾留執行停止、保釈申請等に対する妨害あるいは保釈後の組合活動に対する条件付けをした。

(三) 東京大学では、昭和四四年一〇月二二日の文学部授業妨害事件及び昭和四五年六月四日の北病棟事件に関し、助手(文部教官)二名が、前者については暴力行為等処罰に関する法律違反の罪、後者については、建造物侵入罪の嫌疑により、それぞれ起訴されている。しかし、これらについては、なんらの処分もなされていない。右各事例は、いずれも直接学生の教育・指導に責任を有する者によつてなされた学内暴力事案であり、これらに比し、原告らを起訴休職にしなければならない特段の事由は見当たらない。更に、京都大学においても、当該公務員の地位、職務内容及び事件の背景が原告らのそれと酷似している事案(同大学学生部学生課に勤務する一般職の国家公務員が、昭和四八年三月二〇日及び同年四月一三日に傷害罪等の嫌疑によつて起訴されたもの。)について起訴休職処分がなされず、当該公務員は、起訴後も引き続き職務に従事している。

(四) 被告は、原告らを職務に従事させても少しも支障がないのに、臨職闘争の早期収拾を計る目的をもつて、その中心となつて活動していた原告らを応微研から排除しようとしたものであり、また、暴力事案に対する制裁的意図をもつて、原告らを起訴休職にしたのである。したがつて、本件各処分は、裁量権の行使についてその範囲を著しく逸脱し、これを濫用するものである。

三  よつて、本件各処分は違法であるから、原告らは、被告に対し、その取消しを求める。

〔被告〕

一  本件各休職処分の存在について

原告らの主張事実を認める。

二  本件各休職処分の取消事由についての認否及び反論

1 職務の遂行、職場秩序の維持に対する支障及び国民の信頼等への影響について

(一) 起訴休職制度の目的は、およそ原告ら主張のとおりである。

すなわち、公務員は、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行に当たつては、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてを用いてこれに専念しなければならず(国公法九六条、一〇一条)、また、その官職の信用を傷つけ、官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない義務を負う(同法九九条)。ところで、公務員が刑事事件に関し起訴された場合には、刑事法上、理念的には無罪の推定を受けることになるが、社会的には起訴という事実によつて相当程度客観性のある嫌疑が存するものとして受けとめられるために、公務員としての職場の公正が疑われ、公務員の信用ないし信頼が損われるおそれがある。また、公訴事実の内容によつては、職場の秩序、規律を乱すおそれがあり、身柄拘束、公判出頭等にとつて勤務に支障をきたすこともある。更に、公務員で禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者は、当然失職することになつており(国公法七六条、三八条二号)、起訴されて将来失職するおそれのあるような不安定な地位にある者を職務に従事させることは、それ自体適当でないと考えられる。公務員が起訴された場合には、右のような種々の支障が生ずることになるので、これらの支障をできる限り未然に防止するため、直ちに職を失わせるというような重大な不利益を課さずに、公務員としての身分を保有したまま一時職務から離脱させるのが起訴休職制度の趣旨と解される。

(二) 原告ら主張第二項1(二)の事実中、原告丸山が応微研第一〇研究部(同部の研究内容は原告ら主張のとおりであるが、その構成員は、本件処分当時、原告ら主張の職員及び大学院学生一一名、奨励研究員一名である。)に所属し、主として微細藻類の研究をしていたこと、同原告が管理ないし監督的地位になかつたことを認めるが、その余を争う。

原告丸山は、昭和三七年八月に国立科学博物館から応微研技官(教務職員)として転任後まもなく、第一〇研究部主任柳田友道教授から微細藻類の分類に関する化学分類学的研究を行なうことを提案され、この方法によつてクロレラの分類に取りかかつた。その研究過程において、赤外分光分析について応微研第八研究部関係者の教示を受けたこともあるし、クロレラの免疫学的分類法を進めた段階では、応微研第一二研究部主任田中信男教授の指導を受けている。次いで、藻類の分類方法に関する研究が一段落したところ(昭和四五年)、当時、柳田教授を中心とする研究グループの研究は微生物細胞の老化及び分化の問題に絞られていたので、同教授は、原告丸山に対し、細胞老化の研究に関連する研究課題を選ぶよう指導し、両者話合いのうえ、藻類の胞子形成の問題を取りあげることになつたのである。原告丸山は、直接、大学院学生の教育・指導に携わつてはいなかつたけれども、同原告の職種である教務職員は、本来、国立学校設置法施行規則一条五項において、「教務職員は、教授研究の補助その他教務に関する職務に従事する。」ものとされ、更に、昭和四四年五月一日人事院規則九―八「初任給、昇格、昇給等の基準」別表第一、チ教育職俸給表(一)等級別標準職務表においては、「大学の・・・附置研究施設・・・において教授研究の補助を行ないあわせて学生の実験、実習、実技若しくは演習を直接指導し、又は研究題目を担当して直接研究を行なう職務」であるとされており、同原告は、大学院学生と同じ研究室(応微研には、当時、約八〇名の大学院学生が在籍し、第一〇研究部には、一一名〔そのうち、五名は応微研外で研究していた。〕が配属されていた。)で職務に従事している。

(三) 原告ら主張第二項1(三)の事実中、原告山根が応微研第八研究部(同部の研究内容は原告ら主張のとおりであるが、その構成員は、本件処分当時、教授・助教授各一名、助手二名、技官四名、技術補佐員二名、大学院学生六名、研究生二名である。)に所属し、主としていもち菌代謝産物の研究に関する実験補助としてその単離、精製の職務に従事していたこと、同部の主任が奥田重信教授であること、同原告が大学院学生の教育・指導に携わつたことのないことを認めるが、その余を争う。

原告山根が主として従事していたいもち菌代謝産物の単離、精製は、第八研究部と農林省農業技術研究所病理昆虫部病理科糸状菌第二研究室との共同研究の一環であり、この研究の従事者は、第八研究部では、奥田教授、野副重男助教授、岩崎成夫助手、原告山根(技術補佐員)、室秀輝研究生(昭和四五年後半から参加した。)、右農技研では、佐藤善司技官であつた。この研究の立案、実施方法の設定等は、奥田、野副、岩崎、佐藤の共同討議によつて行なわれたのである。原告山根は、岩崎助手の実験補助員として職務に携わり、主として同助手から実験遂行上の指示を受けていたが、同原告に対してこの職務を命じたのは、奥田教授である。奥田教授は、適時直接に原告山根から実験の進行状況について報告を受けるとともに、岩崎助手とも常時密接な研究連絡を保ちながら、同原告の職務の進行状態を把握し、同助手を介して必要な指示を与えていた。また、原告山根は、岩崎助手の行なつている他の研究課題である有機光化学反応実験の補助をも行なつたが、この研究は、同助手の申出によつて第八研究部の研究課題として採用したもので、同助手は、奥田教授との密接な研究連絡の下に、実験を進めている。なお、原告山根は、大学院学生と同じ研究室(第八研究部には、当時、六名の大学院学生が配属されていた。)で職務に従事していた。

(四) 原告ら主張第二項1(四)の事実を認める。

しかし、原告丸山は、本件処分当時、保釈されていたものの、本件被害者丸尾文治、同奥田重信に対し面接又は面接要求をしてはならない旨(この条件は、原告山根の保釈についても付されている。)及び応微研の建物内に立ち入るときは、前もつて裁判所に申し出て許しを受けなければならない旨の厳しい保釈の条件が付されていたし、原告山根は、本件処分当時、現に勾留中であつた。したがつて、原告らは、本件各処分当時、事実上、職務に従事することが不可能な状態にあつたのである。原告らは、現在、いずれも保釈されており、原告丸山の保釈について付された後者の条件は取り消されているが、なお、一定の場合には、保釈が取り消されることもあり(刑訴法九六条)、禁錮以上の刑に処する判決の宣告があつたときは、保釈は失効して判決の確定前でも収監されることになるし(同法三四三条)、このような事態が生じた場合には、原告らが職務に従事することは全く不可能となる。ちなみに、本件公訴事実の内容によれば、本件起訴事件は懲役刑をもつて処断されて然るべき事案であり、そうなると、原告らは当然失職することになるが、このように将来失職するかもしれない不安定な地位にある者を引き続き職務に従事させることは、それ自体適当でない。また、本件公訴事実は傷害罪であるから、原告らは、公判期日の出頭義務を免除されず(刑訴法二八六条)、毎回の公判期日の出頭、その準備のために相当程度職務の遂行に支障をきたすものと考えられる。

(五) 原告ら主張第二項1(五)の事実中、原告らが本件各処分後も職務に従事していることを否認する。応微研第八研究部、第一〇研究部所属の一部職員及び応微研職員組合が本件各処分の撤回を求め、原告らの就労を支持する旨の決議をし、その決議文の一部が被告や応微研教授らに届いたことは事実である。

しかし、そのことと原告らを職務に従事させた場合における職場秩序の維持とは、直接に関係のない別個のことである。大学における研究の遂行には、関係者の相互信頼の連帯とが不可欠であるが、その一員が職場の中で上司又は教授に対して傷害を負わせるような行為をし、かつ、その行為について刑事事件として起訴されたような場合には、関係者が個々にこの者に対して不信感をもつのが通常である。このような関係者個々人の気持と、職員の勤務条件の維持改善を目的とする職員組合がその目的達成のための一手段として行なつている休職処分撤回要求とは、別個の次元で考えるべき性質のものであるる。本件の場合、応微研教授・助教授の全員は、暴力をふるいながら未だにその行為を反省していない原告らに対して不信感をもち、原告らの職場復帰は職場の秩序を乱すと考えている。

(六) 本件公訴事実によれば、奥田教授及び丸尾所長が受けた各傷害は、幸いにして重傷ではなかつたというにすぎず、その暴力行為の態様、すなわち、職場の中で、上司又は教授に対し、他の者と共謀のうえ、一時間以上にわたつて手拳で顔面を殴打し、脇腹を蹴りつけるなどの数々の暴行を加えたという態様からすると、本件事案が軽微であるとは到底いえない。

(七) 大学は、理性の府であり、学問の研究、教育は、理性に基づく相互批判、琢磨の下に行なわれている。したがつて、大学における研究は、多くの関係者の相互信頼と連帯との下に行なわれているのである。原告らもまたその大学という組織体の一員であつて、そこから離れて存在しているものではない。すなわち、原告丸山の応微研第一〇研究部における研究は、同原告が研究者の一員である以上、主として本人自身の努力によつて進められ、その独創性の発揮が期待されたことは当然のこととしても、既に述べたように、研究課題の選定は主任教授の指導の下に話合いによつて行なわれ、その研究の遂行に当たつても、同部構成員のみならず、他の研究部の人たちの助言、協力があつて初めて可能であつたのである。また、原告丸山は、微細藻類の研究を専攻していたが、第一〇研究部における研究方針は、研究の対象を細菌・糸状菌等に限らず、多くの微生物に共通する生長、老化、形態形成の問題に取り組んでいるのであつて、同原告の研究も、同部における右のような研究環境を背景として進めることができたのである。次に、原告山根も、既に述べたように共同研究の作業の一部を補助分担していたが、その職務を遂行するには、同原告が応微研入所当時に体得していた知識、技術では著しく不十分であつたので、研究の進展に伴い、第八研究部その他の関連部門の人たちの教示に負うところが極めて大きかつた。また、応微研は大学院学生の教育の場でもあり、原告らは、大学院学生と同じ研究室で職務に従事している関係上、彼らに対して影響を与え得る立場にあつたのである。本件公訴事実によれば、原告らは、応微研の中で、その管理に関する問題に関連し、上司又は教授に対して傷害を負わせたのであるが、このような加害者を引き続き職務に従事させ、その反省も待たずに被害者と同じ職場に置くことは、大学における研究の遂行に不可欠な関係者の相互信頼と連帯とを著しく損うことになる。以上のことと、前記(四)及び(五)において述べた事情等とを考え合わせると、原告らを起訴後引き続き職務に従事させるときは、職務の遂行、職場秩序・規律の維持に対する重大な支障を生ずることが明らかである。この点について付言すれば、現に、本件各処分後も、原告らは、他の者と共同して、教授らの応微研への入所を妨害するなど、応微研の業務を妨害する行為を行なつている。

更に、原告らの職務内容が研究業務を中心とするものであつても、原告ら及び同様の職務に従事している公務員に対する国民の信頼は、ただ学問的能力あるいは成果のみにかかつているものではない。研究、教育を通じて学問の中心たるべき大学の研究所において研究に従事する公務員が、まさに、その研究所の中で、前記のような公訴事実で起訴されたことが、大学における研究、教育に対して国民がいだいている信頼を損うことはいうまでもない。

本件各処分は、起訴休職制度の趣旨・目的に照らし、適法かつ相当である。

2 原告らが受ける不利益について

原告ら主張第二項2のうち、(一)の前段(ただし、住居手当も一〇〇分の六〇以内を支給される。)の事実及び(二)の事実を認める。(三)の事実中、原告丸山が営利企業から隔離されるとともに、非営利的事業又は事務への関与を制限されていること(国公法一〇三条、一〇四条)を認める。

しかし、一般職の国家公務員(非常勤職員を除く。)については、国公法所定の手続を経ることにより、同法一〇三条、一〇四条の規定による制限を排除されることになつている。ちなみに、昭和四一年二月一一日総人局第九七号「職員の兼業の許可について」の「第三、許可基準に関する事項」によれば、兼業する公務員の職務の遂行に支障が生じるかどうかが兼業の許可を与える際の重要な要素になつている。そして、本件のような起訴休職の場合を見ると、休職中の公務員には職務専念義務が存在せず、その休職の期間中職務に従事しない(国公法八〇条四項)のであるから、当然公務員の職務遂行そのものの支障の有無を判断する余地はなく、兼業することが国家公務員としての信用を傷つけ又は官職全体の不名誉となるおそれがあると認められる場合等を除き、現に職務に従事している公務員の兼業の許可条件に比べて、その条件はゆるいものとなつている。まして、原告山根のような非常勤職員については、国公法一〇三条、一〇四条の規定そのものの適用がない(昭和二五年一〇月二日人事院規則一四―八「営利企業の役員等との兼業」五項、昭和四一年二月一〇日政令第一五号「職員の兼業の許可に関する政令」三条)のであるから、これらの規定の適用があるものとする原告らの主張は失当である。

3 裁量権の濫用について

原告ら主張第二項3のうち、(一)及び(二)の事実を争う。(三)の事実中、東京大学では、文学部授業妨害事件及び北病棟事件に関し、助手二名が原告ら主張のとおり起訴されていること、これらについて起訴休職処分がなされていないことを認めるが、その余を争う。(四)の事実を否認する。

文学部授業妨害事件の公訴事実は、「被告人は、昭和四四年一〇月二二日午前七時四〇分ころ、(東京大学法文一号館)前の通称銀杏並木において、講義のため同館に向かう途上の同大学(文学部教授)ほか十数名の教官らに対し、ほか二名の学生とともに、こもごも投石し、もつて、数人共同して暴行を加えた。」というものである。また、北病棟事件の公訴事実は、「被告人は、(東京大学医学部付属病院)内科系九科の北病棟への移転を阻止しようと企て、ほか四〇数名とともに、(前記付属病院北病棟)と同病院中央診療棟との三階連絡通路付近に机・ロツカーでバリケードを構築したうえ、右通路周辺のシヤツターを閉鎖して同所を占拠していたが、昭和四五年六月三日午後二時ころから再三にわたり、右建物を管理する(病院長)より、直ちに同所から退去するよう要求を受けたにもかかわらず、前記四〇数名と共謀のうえ、右要求に応じないで、同月四日午前八時五三分ころまで同所にとどまり、もつて、故なく退去しなかつた。」というものである。

以上によつて明らかなとおり、文学部授業妨害事件は、学内暴力事案ではあるが、原告らのように人身に対して軽からざる危害を与えたものではなく、暴力にとどまる事案であり、また、北病棟事件は、立入禁止区域内に座り込んだもので、暴力的な行為はなかつた事案である。したがつて、右各事例は、本件事案とはその性格が相違しているのであつて、これらにおける処理と本件各処分とを比較することは妥当でない。

第三証拠<省略>

理由

一  本件各休職処分の存在

原告丸山は文部技官として、原告山根は技術補佐員として、いずれも応微研に勤務する一般職の国家公務員であること、原告らは、昭和四六年八月一〇日に傷害罪の嫌疑によつて東京地方裁判所に起訴されたこと、その公訴事実は、原告ら主張のとおりであること、原告らの任命権者である被告は、原告丸山に対しては同年一〇月二日、原告山根に対しては同年一一月一〇日、右起訴を理由としてそれぞれ国公法七九条二号による休職を命じたこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件各休職処分の取消事由の存否

1  起訴休職制度の趣旨・目的

国家公務員に対する起訴休職制度の根拠となる規定は、国公法七九条二号であるが、同規定は、公務員が刑事事件に関し起訴された場合においては、その意に反して当然公務員を休職することができる旨規定している。

国家公務員は、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行に当たつては、全力を挙げてこれに専念しなければならず(国公法九六条一項)、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、政府がなすべき責めを有する職務にのみ従事しなければならないし(同法一〇一条一項)、また、その官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない(同法九九条)のである。ところで、公務員が刑事事件に関し起訴されると、刑事訴訟法上、起訴された者も有罪判決が確定するまでは無罪の推定を受けるけれども、起訴された事件に対する有罪率が著しく高い我が国の刑事裁判の実状の下においては、相当程度客観性のある公の嫌疑を受けたものとの社会的評価を免れ難い。そのため、起訴された公務員が引き続き職務に従事する場合には、当該公務員の地位、職務内容、公訴事実の具体的内容、罪名及び罰条の如何等によつては、そのような者が現に職務に従事しているということによつて、職務の遂行、職場秩序・規律の維持に対する支障を生ずることがあるのみならず、その職務遂行に対する国民一般の信頼をゆるがせ、ひいて官職全体の信用を失墜させるおそれがある。また、刑事被告人は、原則として公判期日に出頭する義務を負い(刑訴法二八六条)、一定の事由があるときは勾留されることもあり得る(同法六〇条)ので、そのことによつて前記職務専念義務を全うし得ず、義務の遂行に対する支障を生ずるおそれもある。更に、公務員で禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者は、公務員の欠格事由に該当して当然失職することになる(国公法七六条、三八条二号)ので、起訴されて将来失職するかもしれない不安定な地位にある者を引き続き職務に従事させることが適当でない場合もあり得る。

起訴休職制度は、以上のような種々の支障を生ずるおそれのある公務員を、その身分は保有するが、一時的に職務に従事させないこととし(国公法八〇条二項・四項)、もつて、職務の遂行、職場秩序・規律の維持に対する支障を可及的に排除し、公務員の職務遂行に対する国民一般の信頼ひいて官職全体の信用を保持することを意図するものである。

他方、起訴休職にされた常勤の公務員は、その休職の期間中、俸給、扶養手当、調整手当及び住居手当のそれぞれ一〇〇分の六〇以内を支給されるにとどまり(国公法八〇条四項、給与法二三条四項)、期末手当及び勤勉手当を支給されないし、原告ら主張のとおり、昇給や昇格の面においても不利益を受ける。更に、その休職の期間中も公務員としての身分を保有するので、営利企業から隔離されるとともに、非営利的事業又は事務への関与を制限されており(国公法一〇三条、一〇四条)、このことは、被告主張のとおり、国公法所定の手続を経ることにより、その制限を排除することが可能であることを考慮しても、すべての者がその手続を経ることによつて給与の不足分を補填し得るとは限らないので、必ずしも実際に前記のような不利益を緩和し得るものとはいわれないし、起訴された刑事事件の判決の確定前に任命権者の承認を得て退職したとしても(昭和二七年五月二三日人事院規則八ー一二「職員の任免」七三条)、禁錮以上の刑に処せられなかつたときを除き、一般の退職手当及び予告を受けない退職者の退職手当の支給を受けられず、失業者の退職手当しか支給されない(国家公務員等退職手当法八条ないし一〇条、一二条)などという数々の不利益を受けるのである。また、起訴休職にされた非常勤の公務員は、給与法二三条四項の適用がないので、その休職の期間中、全く給与を支給されず、このことは、被告主張のとおり、非常勤の公務員については国公法一〇三条、一〇四条の規定そのものの適用がないとはいえ、常勤の公務員の場合よりも更に著しい不利益を受けるのである。

したがつて、任命権者は、公務員が刑事事件に関し起訴されたという要件さえ存在すれば、他になんらの制約もなく起訴休職処分をなし得るものと解すべきではなく、前記起訴休職制度の趣旨・目的はもちろん起訴休職者が受ける不利益の面についても十分に考慮したうえ、裁量により、その制度の趣旨・目的に適合し、かつ、必要な限度においてのみ起訴休職処分をなし得るものと解すべきであり、裁量権の行使についてその範囲を逸脱したり、これを濫用してなされた処分は、違法として取消しを免れない。

2  原告らの職務内容

成立に争いのない乙第二四号証、証人池田庸之助、同奥田重信、同柳田友道、同岩崎成夫、同矢崎和盛の各証言及び原告ら各本人の供述によれば、次の事実を認めることができる(争いのない事実を一部含む。)。

原告丸山は、昭和三七年八月から応微研第一〇研究部(同部は、細菌・糸状菌等の発育、形態形成に関する研究を行なうとともに、微細藻類の分類に関する研究及び微細藻類株の保存、分類等を行なつており、本件処分当時、教授・助教授各一名、助手三名〔そのうち、一名は、海外留学中のため休職していた。〕、技官三名、臨時職員一名、大学院学生一一名〔そのうち、五名は、応微研外で研究していた。〕、奨励研究員一名によつて構成されていた。)に所属し、本件処分当時、主として微細藻類の研究をしていた。その研究過程においては、研究課題の選定について第一〇研究部主任柳田友道教授から提案を受けたり、クロレラの分類について応微研第八研究部主任奥田重信教授から指導を受け、あるいは、その免疫学的研究について応微研第一二研究部主任田中信男教授から指導を受けるようなこともあつた。しかし、原告丸山が日常担当している職務は、自ら実験等を企画・遂行する単独研究が中心であり、同原告は、管理ないし監督的地位にはなかつたし、その職種は教務職員であり、かつ、大学院学生と同じ研究室で職務に従事していたけれども、同原告が大学院学生の教育・指導に携わることはなかつた。

原告山根は、昭和四四年六月から応微研第八研究部(同部は、主として微生物代謝産物の単離、精製に関する研究を行なつており、本件処分当時、教授・助教授各一名、助手二名、技官四名、技術補佐員二名、大学院学生六名、研究生二名によつて構成されていた。)に所属し、主としていもち菌代謝産物の研究に関する実験補助としてその単離・精製の職務に従事していた。この研究は、第八研究部と農林省農業技術研究所病理昆虫部病理科糸状菌第二研究室との共同研究の一環である。原告山根は、奥田教授から右職務を命ぜられたが、岩崎成夫助手の実験補助員として大学院学生と同じ研究室で職務に携わり、主として同助手から実験遂行上の指示を受けていたもので、奥田教授から直接に指示を受けることはほとんどなかつた。

3  本件起訴事件発生に至るまでの経緯

成立に争いのない甲第一八号証、第一九号証、乙第九号証の三、弁論の全趣旨によつて成立を認める甲第一六号証、乙第二五号証、第二六号証、証人奥田重信の証言とこれによつて成立を認める乙第七号証、証人池田庸之助の証言とこれによつて成立を認める同第八号証、証人柳田友道、同公文晶夫、同岩崎成夫、同根守克己の各証言及び原告ら各本人の供述によれば、次の事実を認めることができる。

応微研では、昭和四三年末から、臨時職員(これらの職員は、定員外職員であるため、その勤務態様がほぼ同一であるのに、任用期間、給与、退職手当、休暇等の待遇が定員内職員よりも著しく劣つていた。)の待遇改善、定員内職員化を目指す権利要求闘争が、まず、応微研職員組合によつて提起されたが、その後、いわゆる共闘系の大学院学生、応微研職員らがこれに加わり、これらの者は、昭和四五年六月から応微研所長室の占拠、応微研教授らに対する暴力を伴う追及を行なうなど職員組合とは別の行動を起こし、そのため、教授らは、昭和四六年一月末ころから応微研の建物内に出入りすることができなくなり、電話連絡や外部での面接等によつて、辛うじて応微研の管理や研究、指導に従事するという異常な事態に陥つていた。

ところで、東京大学大学院農学系研究科の修士課程に在学していた根守克己は、指導教官である古賀教授の臨時職員問題に関する対応を不満として修士論文審査を受けなかつたため、昭和四六年三月、在学期間が切れて退学となり、採用が内定していた就職も取り消された。そこで、根守は、同年五月中旬、応微研の研究生として入所したいという願書を提出したが、応微研教授会は、これを未だ正式に討議していなかつた。

昭和四六年五月二五日午後一時過ぎころから応微研三階会議室において、応微研所長丸尾文治、同教授奥田重信ほか四名と応微研職員組合との間に臨時職員問題に関し第六回目の団体交渉が行なわれたが、右交渉終了後の同日午後六時ころ、応微研共闘会議、六月行動委員会に関係する数名は、丸尾所長らをその場に残らせ、根守の研究生入所問題に関し「追及」を始めた。

本件起訴事件は、その際、発生したものである。

なお、原告らが逮捕されたことは、昭和四六年七月二一日付朝日新聞夕刊(乙第九号証の三)に氏名入りで報道された。

4  本件公訴事実の具体的内容、罪名及び罰条

当事者間に争いのない本件公訴事実は、次のとおり。

「原告らは、ほか数名とともに、昭和四六年五月二五日午後六時ころから午後八時二〇分ころまでの間、東京都文京区弥生一丁目一番一号所在東京大学応用微生物研究所三階会議室において、同研究所所長丸尾文治、同研究所教授奥田重信ほか四名に対し、同研究所の研究生として根守克己を入所させるよう要求した際、

1 原告丸山は、ほか一名と共謀のうえ、同日午後七時ころ、奥田教授の根守克己に対する質問が気に食わないと因縁をつけ、同教授に対し、平手で顔面を強打し、股間を蹴りあげるなどの暴行を加え、よつて、奥田教授に対し、全治約一〇日間を要する鼻鞍部打撲擦過傷の傷害を負わせ

2 原告らは、ほか一名と共謀のうえ、同日午後七時一〇分ころから午後八時二〇分ころまでの間、丸尾所長の応答の態度が悪いと因縁をつけ、同所長に対し、こもごも手拳で顔面を殴打し、脇腹を蹴りつけ、ネクタイあるいは髪の毛を掴んで前後に揺さぶり、ネクタイの根元を握つて首を締めるなどの暴行を加え、よつて、丸尾所長に対し、全治約一〇日間を要する左下顎部、両胸部、左下腿、右膝部挫傷の傷害を負わせ

たものである。」

右公訴事実の罪名が傷害罪であることは当事者間に争いがなく、傷害罪は、刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号(ただし、行為時においては昭和四七年六月一二日法律第六一号による改正前の同法条に、裁判時においては右改正後の同法条に該当するが、刑法六条、一〇条によつて軽い行為時法による。)によつて処断されるから、その法定刑は、一〇年以下の懲役又は二五、〇〇〇円以下の罰金若しくは科料である。そうすると、仮に将来原告らが右起訴事件について有罪の確定判決を受けるときは、その罰条に徴し、それが国公法七六条、三八条二号に定める公務員の欠格事由に該当して当然失職することになる可能性をも包蔵している。ちなみに、成立に争いのない乙第二七及び第二八号証の各一・二によれば、原告らは、昭和四八年六月二一日、本件起訴事件について有罪の判決言渡しを受けたが、その宣告刑は、原告丸山において懲役一〇月・執行猶予四年間、原告山根において懲役六月であつたこと、原告らは、右判決を不服としてそれぞれ控訴を申し立てたことが認められるのである。

5  本件起訴事件発生後の状況

前掲甲第一六号証、第一八号証、第一九号証、乙第八号証、原本の存在とその成立に争いのない甲第一三号証、第一四号証、第一五号証の一・二、成立に争いのない同第一七号証、第二〇号証、乙第五号証の一・二、第六号証の一ないし三、第一〇号証、第一一号証の一・二、第一二号証、第一三号証の一・二、第一四ないし第一八号証の各二、第二二号証(原告丸山との関係において)、第二三号証(原告山根との関係において)、弁論の全趣旨によつて成立を認める乙第二二号証(原告山根との関係において)、第二三号証(原告丸山との関係において)、証人公文晶夫の証言とこれによつて成立を認める甲第一ないし第一二号証(ただし、同第三号証のうち、一九七一年一〇月二一日の応職組臨時総会における「丸山氏の起訴休職処分に反対し撤回を要求する決議」〔五頁〕及び同日の応ビ研職員組合臨時総会における「山根氏への不当処分と不当保釈許可条件に反対する決議」〔七頁〕に関する部分の成立は争いがない。)、証人池田庸之助の証言とこれによつて成立を認める乙第一四ないし第一八号証の各一、第一九号証、第二一号証、証人奥田重信、同柳田友道、同岩崎成夫、同矢崎和盛の各証言及び原告ら各本人の供述によれば、次の事実を認めることができる(争いのない事実を一部含む。)。

原告丸山は、昭和四六年七月二一日に逮捕され、引き続き勾留された後、同年九月一四日に保釈されたが、本件被害者丸尾文治、同奥田重信に対し面接又は面接要求をしてはならない旨及び応微研の建物内に立ち入るときは、前もつて裁判所に申し出て許しを受けなければならない旨の保釈の条件が付され、後者の条件は、本件処分後である同年一二月八日に取り消された。原告丸山は、保釈後、共闘系の者らとともに、応微研玄関前に「就労小屋」と称する仮小屋を無断で構築し、同年九月二〇日ころから同所で「就労」していると称し、欠勤又は休職扱いとされてる出勤簿(乙第二二号証)に自己の印章を勝手に押捺し、保釈について付されていた後者の条件が取り消されると、同年一二月九日付書面(同第一〇号証)で応微研所長池田庸之助に対し従来どおり就労する旨を宣言し、同所長から同月一〇日付書面(同第一一号証の一)で「休職中の職員が就労(勤務に従事)することを認めることができません」と拒否されたにもかかわらず、これを無視して、応微研第一〇研究部で、「就労」を続けている。この間、昭和四七年一月一一日及び一三日の午後には、原告山根らとともに、業務を執るため応微研の建物内に入ろうとした教授らの入所を妨害した。

原告山根は、昭和四六年七月二一日に逮捕され、引き続き勾留された後(ただし、同年九月二一日から同月二七日午前一〇時までの間、勾留の執行を停止された。)、本件処分後である同年一二月八日に保釈されたが、本件被害者丸尾文治、同奥田重信に対し面接又は面接要求をしてはならない旨の保釈の条件が付された。原告山根は、保釈後、本件処分の存在を無視して同年一二月九日から「就労」し、同月二〇日付書面(乙第一二号証)で改めてここに就労する旨を宣言し、その後、事務係員の制止をきかないで休職扱いとされている出勤簿(同第二三号証)に自己の印章を勝手に押捺し、池田所長から同月二五日付書面(同第一三号証の一)で就労及び出勤簿押捺を直ちにやめるよう注意されたにもかかわらず、その後も応微研第八研究部で、「就労」を続けている。この間、昭和四七年一月一日の午前には、十数名の共闘系の者らとともに、宿日直業務を執るため応微研の建物内に入ろうとした石川助教授を応微研玄関前で待ち構え、同助教授の行動の自由を制限し、同月五日には、午後一〇時の門限時間を過ぎても応微研会議室に残留して即時退出命令に従わず、同月一一日及び一三日の午後には、原告丸山らとともに、業務を執るため応微研の建物内に入ろうとした教授らの入所を妨害した。なお、原告山根は、同年三月三〇日をもつて任用更新の終期が到来し再任用されなかつたため、退職扱いとされている。

応微研職員組合は、原告らの逮捕に抗議する集会を開いたり、原告丸山の保釈について付された「応微研の建物内に立ち入るときは、前もつて裁判所に申し出て許しを受けなければならない」との条件を取り消す旨あるいは原告山根を即時保釈し、同原告の保釈について原告丸山に付された右のような条件を付さない旨の要求をそれぞれ東京地方裁判所に提出したり、本件各処分の前後を通じて幾度となく原告らに対する休職処分が不当である旨を組合大会において決議し、この問題について応微研所長らと団体交渉をするなど、原告らを支援する活動を行なつている。また、応微研第一〇研究部所属の教授、助教授を除く職員は昭和四六年一〇月六日、応微研第八研究部所属の教授、助教授を除く職員は昭和四七年一月二七日、それぞれ原告らの就労を認めることを要求する旨の決議をし、その決議文等(甲第一七号証、第一八号証)を応微研教授らに送付するなど、原告らの就労を支持している。

6  職務の遂行、職場秩序の維持に対する支障及び国民の信頼等への影響

原告丸山は、本件処分当時(昭和四六年一〇月二日)、五〇日余りの勾留を経て保釈されていたものの、応微研の建物内に立ち入るときは、前もつて裁判所に申し出て許しを受けなければならない旨の保釈の条件が付されていたので、事実上、職務に従事することは困難であつた。また、原告山根は、本件処分当時(同年一一月一〇日)、既に一〇〇日以上にわたつて勾留を継続されていたので、職務に従事することは全く不可能であつた。したがつて、原告らは、公務員としての職務専念義務を全うし得ず、そのことにより、職務の遂行に重大な支障を生じさせていたことが明らかである。

次に、本件公訴事実によれば、起訴された原告らの行為は、原告らの職場である応微研の中で、その管理に関する問題に関連し、職場の上司たる応微研所長又は教授に対し、執ような暴行を加えて傷害を負わせたというのであつて、仮にそれが真実であるとするならば、職場秩序・規律を乱すことこれより大なるものはなく、弁解する余地の全くない暴力事案ともいうべきであり、原告らがこのような公訴事実によつて起訴されたという一事だけをとらえても、原告らを引き続き職務に従事させることが職場秩序・規律の維持に少なからず支障をきたすであろうことを推認し得る。現に、原告丸山は、保釈されてから本件処分に至るまでの間、応微研玄関前に仮小屋を無断で構築し、同所で「就労」していると称していたし、原告山根は、その処分当時勾留されていたものの、釈放されれば原告丸山の前記行動に直ちに同調するであろうことは、右処分時においてたやすく予想され、本件各処分後も、原告らは、それぞれ就労する旨を宣言して「就労」し、休職処分の存在を無視したり、教授らの応微研への入所を妨害しており、このことが、職場秩序・規律を著しく乱す行為であることはいうまでもない。

更に、公務員がその官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならないことは、既に述べたとおりである。本件公訴事実の具体的内容、罪名及び罰条、公務員の欠格事由該当性、特に、その公訴事実の内容によれば、起訴された原告らの行為は、仮にそれが真実であるとするならば、一般社会人としてもその節度を著しく逸脱し、これを正当化する余地の全くあり得ない違法、不当なものであつて、国民一般の強い非難に値する内容のものであることが明らかである。以上のような諸般の点を考え合わせると、原告らがこのような刑事事件に関し起訴されたということは、原告らに信用失墜行為があつたという疑惑を世人に生じさせるような行為があつたものといわざるを得ない。そうすると、原告らが引き続き職務に従事する場合には、その職務遂行に対する国民一般の信頼をゆるがせ、ひいて官職全体に対する信用を失墜させるおそれがあるというべきであり、このことは、原告らの研究者ないしこれに準ずる者としての地位、職務内容等によつて緩和されるものではない。けだし、原告らも公務員である以上、広く信用保持義務を負うことは、他の公務員の場合となんら異ならないからである。

以上によれば、職務の遂行、職場秩序の維持に対する支障及び国民の信頼等への影響のいずれの点から考えても、本件各処分には十分な合理性、必要性があるものというべきであり、前認定のような原告らの職務内容、応微研職員組合等の原告らに対する支援及び当該処分によつて原告らが受ける不利益の点について考慮しても、本件各処分は、まことにやむを得ないものというほかはない。

7  裁量権の濫用について

原告らは、被告が、臨職闘争の早期収拾を計る目的をもつて、その中心となつて活動していた原告らを応微研から排除しようとしたのであり、また、暴力事案に対する制裁的意図をもつて、原告らを起訴休職にした旨主張するが、これを直接に認めるに足りる証拠はない。

前掲甲第七号証、乙第八号証、証人池田庸之助、同柳田友道の各証言によれば、被告は、原告丸山が保釈後自発的に退職することもあり得ると考えていたこと、柳田教授は昭和四六年九月前ころ同原告の家族に対し、また、長谷教授は同月上旬応微研職員組合執行委員長公文晶夫に対し、いずれも個人的な気持から同原告が依願退職する方が望ましい旨を述べたこと、同年一〇月上旬の応微研教官懇談会において原告山根の心境を聞くことが話題となり、池田所長が同月一五日ころ勾留中の同原告と面会したことが認められる。しかし、右認定のような事実が存在するからといつて、そのことから直ちに原告ら主張のように本件各処分についての被告の不当な意図を推認することはできない。その他、原告らがるる主張する事実については、これを認めるに足りる的確な証拠がない。

東京大学では、文学部授業妨害事件及び北病棟事件に関し、助手二名が原告ら主張のとおり起訴されていること、これらについて起訴休職処分がなされていないことは、当事者間に争いがなく、右各事件の公訴事実が被告主張のとおりであることは、原告らにおいて明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。原告らは、右各事例に比し、原告らを起訴休職にしなければならない特段の事由は見当たらないと主張する。しかし、起訴休職処分の当否は、単に公訴事実の具体的内容、罪名及び罰条だけではなく、前記1において述べた諸般の点を総合して検討したうえ、個別的、具体的に判断されるものであるから、原告らが挙げる点の比較だけでは、右各事例における処理と本件各処分との間に不均衡があるかどうかを論ずることはできない。このことは、京都大学における事例(その内容たる事実を認めるに足りる証拠もないが)についても同断である。のみならず、本件各処分には十分な合理性、必要性があるものというべきことは既に述べたとおりであるから、仮に他の類似する事例について起訴休職処分がなされなかつたからといつて、そのことのゆえに、本件各処分が不当となるいわれはない。

したがつて、本件各処分には、裁量権の行使についてその範囲を逸脱したり、これを濫用した違法はない。

三  よつて、原告らの請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎啓一 安達敬 飯塚勝)

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